2018年2月24日土曜日

[186] In Be Tween Noise ‎- So Delicate And Strangely Made


Label: New Plastic Music

Catalog#: NPIB- 1
Format: CD, Album
Country: US
Released: 1993
DISCOGS

1 So 2:02

2 Straight Arrow (Navajo Prayer) 8:14
3 Delicate 2:15
4 St. Francis' Vision Of The Musical Angel 11:14
5 And 2:09
6 Phonography 10:49
7 Strangely 2:02
8 Cycle (Re-) 11:03
9 Made 2:42

1964年ロサンゼルス生まれ。オーティス芸術大学、アートセンターカレッジの修士課程でデザインを専攻し、80年代より画家/ビジュアル・アーティストとして活動を始めたSteve Roden(スティーヴ・ロデン)。当時から作曲活動も行っていましたが、彼の名前が広く知られるようになったのは、おそらく90年代の終わりか2000年代に入ってからのこと。微かな物音と無音が強調された──音楽形式におけるミニマリズムを極端に追求した(アンビエント・ミュージックとは実に対比的な、集中したリスニングを要する)ロウワーケース・サウンドの名付け親となり、そのムーブメントの代表的作家の1人として、美術出身者ならではの斬新なアプローチでサウンドアートの地平を開拓してきました。ロデンが80年代中頃から自宅のベッドルームで録りためた音源をまとめ、93年に自身のレーベルからリリースした本作は、現代音楽から影響を受けたミニマリズムの手法に視覚・造形芸術やポエトリーを結び付けはじめた活動初期の記録。後のインスタレーションに基づくロングフォームの作品とは趣きは異なり、ここではアコーディオンやバイオリン、ハーモニウム、打楽器など、いくつもの楽器を一人で操り多重録音されています。それぞれの楽器を流暢に弾き熟すというものでなく、単調なメロディやリズムによりその固有のテクスチュアや繊細なノイズ成分を抽き出すような音響的な使い方に終始しており、故にプリミティヴで、時に奇妙でフォーク・ミュージックのよう。25年経った今も古びた印象を感じさせないオーガニックで美しい作品です。


1993年、私は自分のレーベルNew Plastic Musicから最初の作品「So Delicate And Strangely Made」をリリースしました。寝室で音楽を作りはじめてから8年、音楽はカセットテープとダットテープに時間をかけて記録され、何とか世に送り出す準備ができたと感じて一連の作業を終えました。この音楽を作っていた時、私は実験音楽のコミュニティ、特に地元のシーンをほとんど知りませんでした。インターネットが普及する前で、当時私は小さなレコード店や雑誌やCDをメールオーダーしてくれた人々(私の最初のCDのコピーを注文してくれたWayside Musicなど)を通じて音楽を知ることがほとんどでした。他のサウンドアーティストと連絡を取ったことがなく、そのタームが何を意味するのか全く分かりませんでした。実験音楽やサウンドアートと呼ばれるものとの接点は、ほとんどが「New Music」のコミュニティ、特にアバンギャルド・ミュージックかミニマリズムのコンサートでしたが、やがて高まりつつあるノイズ・シーンを知りました。初期の作品の多く、とりわけこのCDは、スティーヴ・ライヒ、メレディス・モンク、ステファン・ミクス、ハロルド・バッド、アルヴォ・ペルトのような作曲家/音楽家に影響を受けていました。私はまた、エレクトロニクス、シンセ、アコースティック楽器を一緒に使用したエリック・ウォロやピエロ・ミレジ、多くの日本のアーティストを聴きはじめ、また、New Albion、What Next Recordings、Sub Rosaなどのレコードレーベルを知りました。私の音楽がもつ文脈と、それと関わるコミュニティを見つけるのに苦労していました。実際に、私の作品は特定の美学にうまくフィットしませんでした。ノイズ・シーンは私にとても親切でしたが、私の作品は大抵メロディックで常に静かでした。パンク・シーンのように、ノイズ・シーンは様々な実験的言語に開かれ、1990年代初頭から中頃まではとても活気に満ちていて、私の支えになるものでした。この歴史とは別に、文脈を見つけるという点で、最も重要な影響はBroken Musicのカタログとの出会いでした。それは視覚芸術と音楽との間に関係性(と歴史)があったという具体的な証拠を示してくれました。最終的に、ジャン・デュビュッフェが自身の音楽について書いた著作に出会ったことが、私の音楽制作へもっとも大きな影響を与えました。


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