Jan A.P. Kaczmarek (1953-2024)
ポーランド出身の作曲家ヤン・A・P・カチュマレクを中心とする音楽プロジェクト「Orkiestra Ósmego Dnia」(オルキェストラ・ウスメゴ・ドニャ:第八の日の楽団)。1976年、古都ポズナンに拠点を置く実験劇団「Teatr Ósmego Dnia(テアトル・ウスメゴ・ドニャ:第八の日劇場)」の劇伴制作のために結成。その翌年以降に独立した音楽プロジェクトへと発展しました。この「第八の日」という名称は、神による7日間の天地創造の後に、「人間が自らの手で自由な世界を創り始める日」という意味で、表現の自由が厳しく抑圧された当時のポーランドにおいて、創造性と自由を切望する彼らの意志を体現するものでした。
カチュマレクはドイツ製チターを改造した創作楽器「Fisher's Fidola(フィッシャーズ・フィドラ)」を考案。ハープのようでもあり電子音のようでもある、この神秘的で透明感のある音色が、彼らの作品を特徴づける音響的な核となっています。クラシック、ミニマリズム、ジャズ、フォークロア、電子音や即興───様々な要素を複雑に融合させた独特のスタイルは、当時の既存ジャンルでは形容しがたいものでした。それは重苦しい社会情勢の中で「外の世界が閉ざされているなら、自らの内面へ」という強い決意で、新たな芸術形式を模索し「内なる自由」「精神の解放」を表現しようという試みでもありました。
下記は、1982年から85年にかけて彼らが発表した3枚のアルバム(ポーランド3部作)についての短いレビューです。作品ごとに編成が変わり、共同制作者それぞれの持ち味が作風に反映される点もこのプロジェクトの大きな特徴であり魅力だと思います。
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①「Muzyka Na Koniec / Music For The End」(1982) ▲
舞台の劇中音楽をもとに制作されたデビューアルバム。カチュマレクが操るフィドラ、フルートやピアノといった伝統楽器に、グジェゴシュ・バナシャクのアコースティック・ギターが重なり合う繊細なアンサンブルが核をなしています。東欧特有の幽玄な空気感。張り詰めた静寂。詩性と霊性。全編通して深く沈んだ暗いモノトーンな音響が展開されますが、その曇り空から差し込む鈍い光のようなフィドラの音色が印象的です。グループ初期の作風「アコースティック・ミニマリズム」を象徴する作品であり、当初の演劇的な演出要素が色濃く反映されています。初版はアメリカのFlying Fish Recordsより。フォークやブルースを主軸とする同レーベルからのリリースは、当時東側陣営の一員だったポーランドのバンドとしては異例なことでした。1984年にポーランドのSavitorレーベルから再発。検閲により政治的言説が封殺された時代における、言葉を超えた「静かな抵抗」のドキュメントとして極めて重要な作品だと思います。
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②「At The Last Gate」 (1984) ▲
ポーランド屈指のベーシスト、クシシュトフ・シチェラニスキを共同制作者に迎えたセカンドアルバム。前作のフォーク/クラシカル要素に加え、チェラニスキが持ち込んだジャズ・フュージョンの語法や民俗的旋法を高度に融合させた作品。カチュマレクが操るフィドラの崇高な響きに、シチェラニスキのフレットレス・ベースとギターがもたらす浮遊感とミニマルなグルーヴ。音響はより重層的になり、全編通して静謐でありながら濃密な熱量も感じさせる、奇跡のようなアンサンブルへと昇華されています。A面は旅の始まりと自然の風景。B面は内面への深い沈降を経て、旅の終着点へ。前作の「終わり」のその先にある未知の領域。内省から外の世界へと意識が広がり始めた過渡期を象徴し、現代のアンビエント・ジャズ視点からも高く評価される一枚。ジャケット右端の折れ目は、見開き中面に印字されたレーベルロゴを表示させるための仕様だったようです。リリース元はポーランドのSavitor。
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③「Czekając Na Kometę Halleya」 (1985) ▲
当時接近していたハレー彗星をテーマにしたコンセプチュアルなサードアルバム。邦題「ハレー彗星を待ちながら」。カチュマレクが作曲・指揮、フィドラなどの主要楽器を担当。初作の共同制作者であったグジェゴシュ・バナシャク、そしてマチェイ・タラガら総勢16名もの奏者が参加した意欲作です。前作までのアコースティックな音響から一転して、シンセサイザーを大々的に導入したダークでスペーシーな世界観。ドローンやサステインを主体とした音響構造に、ソプラノ歌唱や朗読、合成音声も交え、「耳で鑑賞する舞台作品」というような叙事性と宇宙的漂泊感が演出されています。音楽ファンからは「荘厳なシンフォニック・プログレ」とも評されるオーケストラルな音作りが特徴的で、映画音楽作曲家として大成するカチュマレクの来たるべき作家性がいち早く萌芽した一枚といえます。初版はSavitor。2011年にYesterdayレーベルからCD再発。



